【SS】にこ『可愛いあなたに』【ラブライブ!】
1: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:09:35.08 ID:Clv79BZ9
半年ぶりに例の部室の扉を開くと、眠たげな凛の横顔が目に入ってきた。人がドアを開けたというのに机に片肘をつき、向かいの壁を眺めている。窓から差し込む日の光が相当に気持ち良いのか、それとも眠たいだけか、こちらには気付いていないようだ。
そのけだるげな視線の先は…今や懐かしきμ’sの九人が、はち切れんばかりの笑顔で飛び上がる瞬間を写したポスター。あれは確か、暑い夏の日にしんどい思いをしながら撮影したものだ…思い返すだけで汗をかきそうになる。
3: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:14:06.67 ID:Clv79BZ9
そんな横顔を見ているうちに私は、凛もこうして大人になっていくのだな、などと趣深いことを考える。とはいえその持ち前の明るさや、四六時中大好きと公言していたあの同級生たちとの関係だったりは、変わっていて欲しくない。
そんな願望を抱きつつ、私は声をかけた。
「凛、久しぶり」
4: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:14:32.32 ID:Clv79BZ9
先ほどまでの印象とは一転、予想したよりもずっと大きく、明るい返事が返ってきた。語尾は相変わらず可愛らしい猫のそれである。凛はすぐさま立ち上がると、トテトテと私の方に駆け寄ってきてくれた。
なんだ。やっぱりこの子はあまり変わってない。
5: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:14:54.14 ID:Clv79BZ9
お姉さんらしい声の調子で、この来訪の目的を告げた。
「どうしてって…後輩のラブライブ予選の前に、励ましに来たに決まってるじゃない」
6: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:15:09.68 ID:Clv79BZ9
「にこちゃん、なんかお洒落…」
目を丸くして、どこか憧れてくれているような気さえするその表情を見る限りは、昔よくされた皮肉の類いではなさそうだ。
これには違和感どころの騒ぎではない。
7: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:16:20.88 ID:Clv79BZ9
「あら、あんたが素直に褒めるなんて珍しいわね。しばらく見ないうちに、少しは成長したってことかしら」
この明らかに素直ではない返答で、彼女は私の意図を察してくれたようだ。目をじぃっと細めると先ほどとは一転、声の調子を落としてポツリと、
「…中身は相変わらずだにゃ」
そしてはぁ、とため息ひとつ。そうそう、あんたとはこうでなくちゃね。
「あんたの減らず口も相変わらずね」
口は悪いけど、決して仲が悪いわけではない…と思う。こんな風に、半年もの時間が流れた今でも昔と同じような掛け合いができることに、有り難さを感じた。
8: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:16:44.15 ID:Clv79BZ9
「今日はね、休みにしたの。これから予選の本番まで最終調整しないといけないから、最後のお休みだよ」
そうだったのか。危うく誰にも会えずに帰るところだった。
「それで、あんたは一人で何してたのよ」
「お昼寝」
………なんか、昔より幼くなってない?
9: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:17:03.43 ID:Clv79BZ9
今や私はこの部屋の住人ではないのだ。当時は私の好み一色であったこの部屋の壁も、花陽が愛してやまないアイドルたちに塗り潰されてしまった。私に関係しているものといえば、最後に置いていった伝伝伝と…壁に貼られたあの九人のポスター。それくらいであろう。
ここの部員はあの奇跡のような成功にすがらず、卒業していった私たちに弱音を吐くこともなく、未来だけを向いて走り続けている。正直に言ってしまえば少し寂しい気もするが、これでいいのだろう。
そんな無鉄砲な青春の中にこそ、μ’sの歌は流れるのだから。
10: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:17:25.41 ID:Clv79BZ9
すると腕を組み、何やら考え始めた凛。何がとは言わなかったが、尋ねたいことは伝わったようだ。ここで聞いているのは当然、すぐそこに迫った第三回ラブライブ予選への意気込みである。
音ノ木坂の新生グループはすこぶる前評判が良く、あらゆる場所で優勝候補と持てはやされているが…勝負の世界は残酷なものである。もし少しでも天狗になっているようなら、その鼻を叩き折ってやらねばならない。今日はその為に来たのだ。
11: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:17:41.49 ID:Clv79BZ9
少し険しい表情でうんともすんとも言おうとしない凛。
私を直視するのを避けているかのように、その視線はふらつく。
12: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:17:56.70 ID:Clv79BZ9
そして小さな声で、「分かんない」と一言だけ呟く。
予想外の展開である。
13: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:18:12.43 ID:Clv79BZ9
凛も当初こそ覚束なかったものの、徐々にリーダーらしく振る舞うようになって…少なくとも私からはそう見えた。これでようやく安心して大学生活を送れると、希や絵里と喫茶店で笑い話をしたのは記憶に新しい。
14: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:18:29.26 ID:Clv79BZ9
これは、卒業した私たちがどれほど力を貸したとしても、本質的にアイドルとしての活動を手助けしてあげることはできない、という考えからだ。そもそも、その必要性すらあまり感じていなかった。
しかし今目の前のリーダーの姿を見るに、看過できない問題が転がっているように思える。
15: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:18:47.09 ID:Clv79BZ9
「ん、言ったよ」
伏目のままに凛は続ける。
「そんなに悪くはないと思う」
らしくもない弱気な発言に驚く。本番はすぐそこまで迫っているというのに。
「リーダーがそんな調子でどうすんのよ」
16: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:19:07.34 ID:Clv79BZ9
「リーダーが凛で良かったのかって、最近いつも思うんだよね」
17: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:19:23.21 ID:Clv79BZ9
その神妙な面持ちからは、とても冗談まがいの自虐を行っているようには思えない。
この自信の無さはいったい、どういう訳なのだろうか。
18: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:19:55.30 ID:Clv79BZ9
けれどもそもそも自信なんてものは成功する中で身につけていくものなのであって、あのバカみたいに最初から持っている方がおかしいのだ。今回の大会で成功してようやくリーダーとしての自信が身につくというのが自然だろう。
気休めは好きではないしキャラでもないが、今日はお姉さんとして来ているのだ。自分の言葉に説得力があることを信じ、気休めと分かった上でも自分の思っていることを伝えることにした。
「何馬鹿なこと言ってんのよ。あんた達、優勝候補だって書いてあるの見たわよ」
19: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:20:11.34 ID:Clv79BZ9
「みんなのおかげだよ。リーダーが穂乃果ちゃんだったらきっと、もっと凄いグループだったと思う」
彼女が先ほどから見せる、穂乃果への執拗なこだわり。
合点がいったような気がした。
20: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:20:29.24 ID:Clv79BZ9
そんな彼女をほっとくような仲間では無いに違いないが…メンバーの誰にも、最愛の幼なじみにすらその陰りを見せず、リーダーとして明るく振る舞ってきたのだろうか。
ことあるごとにメンバーの物真似をして見せたり、可愛さへの憧れをひた隠しにしていたり…一見何も考えていないように見える彼女が、実はかなりの演技派であったことを思い出す。
21: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:20:55.21 ID:Clv79BZ9
こっちまで、焦りが出る。
22: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:21:10.85 ID:Clv79BZ9
不出来な慰めだ。言った後で、しまった、と思った。
23: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:22:15.03 ID:Clv79BZ9
そして、なんとも心もとない声で問いかける。
「ねぇ」
24: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:22:42.79 ID:Clv79BZ9
どうにも堪え切れないかのようにこぼれだしたその一言に、部屋の空気がピンと張り詰める。
25: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:23:10.96 ID:Clv79BZ9
なんと答えれば良いか見当もつかず、こんな不誠実な返答が精一杯であった。
「…ごめんなさい」
今にも泣き出しそうな彼女の口から漏れ出たその謝罪は、何に対してのものだろうか。
26: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:23:51.36 ID:Clv79BZ9
私が新生グループのライブを見る時だって、はっきり言ってあの九人のことを思い出さずにはいられない。あの中に私がいたらどうなっていただろうか、μ’sとはイメージを変えたのか、絵里の言いつけを守って踊れているか。
要するに、「あの頃」より上手いのか、下手なのか…
あの光はあまりにも眩しすぎる。それは輝かしい思い出であると同時に、呪いのように彼女をじわりじわりと追い詰めていた。
27: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:24:20.20 ID:Clv79BZ9
相変わらず私の口からは、ごまかしと安い慰めしか出てこない。
28: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:24:36.01 ID:Clv79BZ9
「うん」
生気を欠いた凛の返事。
だめだ。これでは、それこそ気休めにしかならない。
29: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:24:52.26 ID:Clv79BZ9
きっと、私しかいないのだ。
彼女を、心からの笑顔でステージに立たせてあげられるのは私しかいない。
30: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:25:08.04 ID:Clv79BZ9
宇宙ナンバーワンアイドルは、まだ私の中にいるだろうか。
机の下でそっと、左の中指と薬指を折りたたんだ。にっこりの魔法だ。
私ならやれる。
41: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:30:32.13 ID:Rxjvm7qG
>>30
ここ好き
31: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:26:34.99 ID:Clv79BZ9
それは例えば、うざったらしいほど真っ直ぐなμ’sのリーダーが放つ言葉であり、
それは例えば、可愛い自分に変身したいとずっと願っていた凛を、最後の最後に勇気づけた最愛の幼なじみの一言。
32: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:26:59.46 ID:Clv79BZ9
「凛。一つだけ、言っといてあげるわ」
いや。宇宙ナンバーワンアイドル、にこにー。
33: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:27:16.02 ID:Clv79BZ9
「私ね、この半年で色んな人見てきたわ。それこそ雑誌のモデルから、トップアイドルって呼ばれる人まで」
微妙なラインだ。全くの嘘かと言われると必ずしもそうではないが、やや盛ってしまっている。でも別にいい。
34: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:27:39.54 ID:Clv79BZ9
大切なのは、凛の目を真っ直ぐ見つめること。
そして、こっ恥ずかしくなるほど正直な思いを隠さず、ありのままにぶつけることだ。
35: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:27:56.59 ID:Clv79BZ9
これには、何一つ嘘をついたつもりはない。
36: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:28:11.36 ID:Clv79BZ9
凛はしばらく、何を言われているのか分かっていないようであったが、次第にその言葉の意味を飲み込むと、頬を染め下を向いてしまった。
ここが勝機と見て、畳み掛ける。
「大真面目よ。だから凛、自信持ちなさい」
37: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:28:55.64 ID:Clv79BZ9
「にこちゃん、いつからお世辞言うようになったにゃあ!」
私たち、そんな関係じゃないでしょ。
「お世辞じゃないわよ」
38: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:29:21.40 ID:Clv79BZ9
これはどんな女の子にも効く、魔法の言葉。
そののぼせ上がった頬を両手で挟み、諭すようにして語りかける。
「凛、覚えときなさい」
39: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:29:40.49 ID:Clv79BZ9
アイドルたるもの、それくらいの気持ちでステージに望まなければ。
そして、誰にだってその資格はきっとある。
40: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:30:00.10 ID:Clv79BZ9
あんたたちなんて全員、可愛くてしょうがないわよ。順位なんて決められるものか。
そう言いたい気持ちをぐっと堪え、自信たっぷりに返す。
「花陽よりもよ」
42: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:31:16.43 ID:Clv79BZ9
「もちろん」
「何それ…」
43: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:31:31.34 ID:Clv79BZ9
そんな彼女の姿を見ていると、先ほどの言葉もあながち言いすぎでは無いように感じる。
44: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:31:47.56 ID:Clv79BZ9
「…あれ?にこちゃんよりも可愛いの?」
あ、しまった。この子はとぼけたような顔して、どうでもいいとこだけ鋭いんだから。
…そんなわけないでしょうが。
45: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:32:12.38 ID:Clv79BZ9
凛はしばらくポカーンとこちらを見つめていたが、その口元がようやく少しほころんだ。
それで、両手を大きく上げて伸びをすると、
「ま、にこちゃんには間違いなく勝ってるにゃ!」
イタズラっぽい顔でけしかけられてしまった。
46: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:32:47.97 ID:Clv79BZ9
「あんたがにこに可愛さで勝とうなんて、百年早いわよ!!」
47: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:33:20.81 ID:Clv79BZ9
「えへへ…なんか懐かしいね」
あの日々がどれだけ楽しかったものであるか、今更気付かされる。
もう戻りようはないけれど、それでもこの関係は今も続いていて、この先もなくなることはきっとない。
それだけで、私たちは進んでいける。
48: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:33:42.77 ID:Clv79BZ9
凛の背中を叩いた。昔からこうすると喜ぶのだ。
「まぁ頑張ってきなさい。あんた達なら大丈夫だから」
49: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:34:42.26 ID:Clv79BZ9
彼女は息を大きくスーッと吸い込むと、今日一番大きな声を上げた。
「にこちゃん、凛頑張って歌うから!!絶対近くで見ててね!!」
やっぱり可愛い。素直で無邪気で、明るくて。この子をリーダーに据えたみんなの判断は、何も間違ってなかったのだと改めて確信する。
50: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:35:28.00 ID:Clv79BZ9
彼女がセンターを務めるそのライブは、きっと世界で一番輝くステージになるに違いない。
52: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:38:40.78 ID:Clv79BZ9
55: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 06:04:58.04 ID:SFi5743j
>>52
前作も見たわ、今回もめっちゃ素晴らしい
51: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 01:38:18.53 ID:SFi5743j
めっちゃ好き
53: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 02:10:38.40 ID:UbLFCwLu
ええ話しや
54: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 02:11:31.82 ID:6ffDuDhL
好き
56: 輝きたい名無しさん 2020/06/01(月) 07:15:55.79 ID:73esAKhN
しっとり
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